念能力の話。
奇妙なことが起きた。
先日、2年近く待ち続けていた仕事の話がとうとう来た。私はその仕事の話を半ば諦めていたので連絡が来たときは死ぬほどの驚きと死ぬほど嬉しかったが、しかしなぜこのタイミングで話が来たのか不思議に思った。
そういえば一つ思い当たる節がある。
私には製作の試作品として作ったものを渡している御仁がいるのだが、その方に3回目の提供をした途端に今回の話が来た。これはつまりハンターハンターでいうところのおねだりを3回聞いたらお願いが1回叶うというアルカの念能力そっくりではないか。
偶然と思いたいがタイミングが良すぎる。そう、あまりにもタイミングが良すぎるのだ。
それを当人に直接尋ねてみるべきか迷っている。「あなたは念能力者ですか?」と。いや、ヤバそうな気がする。
もしかしたらこの質問をすると念が解除されてしまう制約を交わしているかもしれない。念が解かれてしまうのはマズい、というかイヤだ。このままがいい。
それと次のおねだりが怖い。爪をちょうだいくらいならなんとかなるが(本当はイヤだ)、内臓をくれだの背骨くれだの脳ミソくれだの言われたら速攻で詰む。それはマズい。
仮にその御仁が本当に念能力者だとしたらハンター協会が、いやゾルディック家が放っておくわけがない。これはマズイことになった。もしこの話が漏れたりしたら私はお兄ちゃんの針で頭ブッス~やられて操られてしまうかもしれない。というかその御仁は暗黒大陸出身ではないか。暗黒大陸出身と交わるのは危険すぎる。まずは5大厄災をクラピカ辺りがどうにかしてだな…それからのほうがいいかもしれない。鉄球頭のやつはビジュアルがヤバすぎる。怖い。夢に出てきそうだ。深夜に目が覚めたら枕元に立ってそうだ。
これはマズイことになった。まさに人生の岐路に立たされた。
鶴の恩返しを思い出せ。あのジジイは好奇心などというものに溺れなければ美人とぬくぬく暮らせていたではないか。現状維持だ。鶴の恩返しを思い出せ。事の深層に触れるな!
たこ焼きの話。
私は粉もんが苦手だった。とくにたこ焼きが苦手だった。関東育ちのくせに関西地方の真似をしてタコパーとか言い出す奴めちゃめちゃ鬱陶しかった。小麦粉を焼いただけの生地にのべつ幕無しでいろんな具材を突っ込んでは味覚がぶっ壊れるほどクソまっずいたこ焼きを食べさせられる屈辱に耐えられずトラウマを抱えるほど嫌いだった。
GWに秋田県の男鹿半島にある道の駅「オガーレ」に行った。そこではいくつかの露店が軒を並べていた。私は祭りでよく見る露店は衛生面を考えて買うことがほぼなかった。過去に娘が露店の商品を食べたいと言ったときにも「タバコを吸っている手で作ってるから汚いよ」とか「ほら、店の脇に汚いシーズーを繋いでいるよ」とか「汚いシーズーを撫でた手で作ってるんだよ」とか「どうしても食べたくなったら商品よりもまず作っている人を見ようね」とか散々吹き込んで食べないように仕向けてきた人間だ。しかしオガーレに出店していた露店はどれもキレイにしており店主も清潔感のある方ばかりだったので食欲をそそられた。
その中に50代と思われる夫婦で阪神タイガースのユニフォームを着てるたこ焼き屋さんがあった。私は過去のトラウマもありたこ焼きを食べたくなかったがこの夫婦がバチバチに放つタイガースオーラに引き込まれてついレジの前に立ってしまった。
たこ焼きの味は3種類。普通500円と地元の塩を使ったの600円ともう一つは忘れた。とにかく失敗しても被害を最小限に抑えるため一番安い普通のたこ焼きを一つ注文した。
注文を受けたおやっさんタイガースは焼き台の隣りに2段で重ねてあった作り置きのたこ焼き一つを奥にある作業台に置いた。そして作業台に並んでいる調味料をソース・マヨネーズ・鰹節の順に真剣な表情でかけていった。カウンター越しにその作業を見ていたがタイガースの横顔がえげつないほどの集中力だったので私はつい見入ってしまった。
「熱いんで気ぃつけてやぁ」タイガースからコテコテの関西語で渡されたたこ焼きは程よく温い。
「どうせ作り置きのたこ焼きだろうな」そう思いながら見つめるたこ焼きはどうにもトッピングが少ない気がする。「さてはケチったな」そう思いながらたこ焼きを一つ口の中に入れた瞬間、激しく裏切られた。
「これは…絶妙な温かさ。そしてたこ焼きをかんだ後に広がる滑らかな生地。そして生地の奥にある旨み!さらにバランスの取れたトッピングのボリューム!ソースのまろやかさとマヨネーズのほのかな酸味と鰹節の醸し出す香り!からの歯ごたえのあるタコ!新鮮なタコ!美味い!こ、これは…美味いっ!!!」
味わったことのない感動が口の中に広がる。とくに生地。粉もんでここまで複雑な旨味を表現できるのか。信じられない。そうか…この生地の旨みを損ねないためにタイガースはトッピングのボリュームをイメージするため真剣にかけてたのか。たしかに今までの私が食べてきた粉もんはソースをばしゃーマヨネーズばしゃーで調味料を食べてたような気がする。
「こいつ…10コはいけるぞっ!(アムロ・レイ風)」
これが大阪のたこ焼き…本物のたこ焼き…。ならば私が今まで食べてきたのは何だったのか!!!
クソ~~~~~~~~~~~~!!!
この気持ちを誰かに伝えたかったが感情を悟られるのがイヤだ、感動を知られるのが恥ずかしい!
感動と後悔の相反した感情が混ざり涙腺が緩む。若い時分ならタイガースに駆け寄り胸ぐらを掴みながら泣き崩れていた。
間違いなく今まで生きてきた中で最高のたこ焼きだった。
結局、コミュ障の私はその気持ちをタイガースに伝えることができずに道の駅をあとにした。もう一度タイガースに会いたい。あのたこ焼きが食べたい。
あるいは大阪に行けばあのたこ焼きは食べれるのだろうか。しかし大阪は怖いイメージがあるので怖い。友人に連れて行ってもらいたいが大阪に友人がいない。というかそもそも友人と呼べる人がいない。哀。